企業価値評価や事業価値・不動産価値評価・理論株価算定等において幅広く使用されている手法が「DCF(Discounted Cash Flow:割引キャッシュフロー)法」です。
英語の通り、割引(ディスカウント)したキャッシュフローを基礎として価値を算定する技法です。
企業価値評価の様々な手法の中の1つがDCF法です。しかし、DCF法は有用性が高いため非常に多くの場面で使用される手法です。
Contents
1.DCF法の全体像
1.1 DCF法が好まれる理由
DCF法が好まれるのは「将来の期待を反映できる」点と、「ファイナンスのプロでなくとも理解可能である」点にあります。
会社が会社を買うとき、既存事業を拡大しよう、新規事業に投資しよう、海外に参入しようというように、そこには多くの期待が含まれます。
この期待は全て「将来」に向かった期待です。今はぱっとしない事業でも、将来は花開くことを期待しているから、会社を購入するのです。事務効率化や規模の効率性を考えた結果会社の将来のためになるから、会社を購入するのです。
そのため会社を購入する側は、その会社が「将来」どれだけ貢献することができるのかを一番に気にします。
しかし、コストアプローチである時価純資産法や、マーケットアプローチである市場株価法・類似会社比較法(マルチプル法)等は、あくまで「現時点」の価値を表しているにすぎません。もちろん株価はある程度投資家からの将来の期待も含まれた上で値付けがされていますし、現時点の価値も重要な情報ではあります。
買収効果を全て反映させて将来の期待を価値として評価するDCF法は、買収する側が最も必要とする情報になります。そのため、多くの場合において「DCF法と時価純資産法」といったように、DCF法とその他の方法を組み合わせて総合的に判断することが多いです。
1.2 DCF法の計算の流れ
DCF法はざっくり言うと「企業・事業の将来キャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算出する」方法です。
本当に重要なポイントは以下の2点です。
1.企業・事業の将来キャッシュフローを算出する
2.現在価値に割り引く
企業・事業の将来キャッシュフローを算出するためには「将来のCFを予測する」「FCF(フリーキャッシュフロー)を計算する」ことが必要になります。現在価値に割り引くためには「加重平均資本コスト(WACC)」を求めることが必要になります。それでは各項目ずつ見ていきましょう!
2.企業・事業の将来キャッシュフロー算出
2.1 将来CF(キャッシュフロー)の予測
早速企業の将来CFを予測しましょう。まずは予想貸借対照表・予想損益計算書を作ります。その際、企業の事業計画を反映させるとともに、当該計画の妥当性を検証(デューデリジェンス)します。
予想貸借対照表・予想損益計算書の作成は、シナジー効果等、合併に際してプラスの要素やマイナスの要素も組み込んだ計画が望ましいです。過去の財務指標推移を参考にして作成し、投資・人事計画等の事業計画を織り込みます。
もちろん夢物語では信頼性に乏しいため、ある程度説得力のある財務諸表を作る必要があります。
2.2 フリーキャッシュフローを求める
DCF法で使うのは「フリーキャッシュフロー(FCF)」という概念です。事業が産み出すキャッシュフローのことで、イメージとしては「債権者・株主に分配可能なキャッシュフロー」です。税金を支払い、必要な投資を行った後に債権者・株主に分配可能なキャッシュフローとなります。
P/Lの営業利益を出発点として、債権者・株主に分配可能なキャッシュフローを求めに行きます。FCFの式は少し難解に見えますが、各項目をもう少し具体的に掘り下げていきましょう!
営業利益×(1-法人税率)
税引後営業利益のことで、本業の成果である営業利益から税金分を差し引いた金額です。税金は国に支払う金額のため、債権者・株主に分配できませんから、除く必要があります。税引後営業利益のことを、専門用語でNOPAT(Net Operating Profit After Taxes)と言ったりします。
減価償却費
減価償却費は営業利益の中に含まれていますが、現金支出を伴わない費用のため実際のキャッシュに影響を与えません。(減価償却費は固定資産を期間配分計算しているに過ぎないので、特段現金は出ていきません。)
今回必要となるのはキャッシュがいくら入るかの情報のため、営業利益に含まれている減価償却費を足し戻すことで、減価償却費の影響を排除し現金支出項目に絞っているのです。
正味運転資本増加額
営業利益と現金収支のタイミングは異なりますね。売掛金や買掛金は回収に時間がかかるからです。そのため通常営業活動に投下されている資金を計算し、現金が必要になる部分を差し引きます。もちろん現金が余る場合は加算するので「正味」とついています。運転資本は各期において以下の通り求めます。
設備投資額
固定資産の更新投資、新規投資等、必要な投資に係る支出を差し引きます。
以上の計算を通して、各年度においてフリーキャッシュフロー(FCF)を求めます。
Column:より深くNOPATを知ろう!
FCFの中でも、NOPATはなかなか見慣れない概念です。このコラムで、NOPATについて深堀してみましょう。
・なぜ「営業利益」を使うの?
企業価値を求める際は、債権者・株主に分配可能な、事業全体のキャッシュフローを計算する必要があります。そのため債権者に分配することとなる支払利息を差し引かないよう、便宜的に営業利益を使います。
・なぜ実際の税額ではなく「税引後営業利益」なの?
負債を有する場合、支払利息の節税効果が発生するためNOPATと比べてキャッシュフローが増加するはずです。しかし、DCF法においてこの節税効果は後述する「割引率」で反映されます。そのため、株主資本100%とした場合(支払利息等がない場合)のキャッシュフローを用いるべく、営業利益に税率を乗じた値を差し引き、税引後営業利益とします。
3.現在価値に割り引く
これまで求めた各年度のFCFを割引現在価値とするとことで、企業価値を求めます。なお、現在価値の概念については、以下の記事にて詳細に解説しています。
3.1 資本コストの算出
割引現在価値に使用する割引率は何を使えば良いでしょうか。
分母となるFCFは「債権者・株主に分配可能なキャッシュフロー」でした。そのため分子となる割引率も「債権者・株主が要求する収益率」である必要があります。
この時使用する割引率は企業からすると負債・純資産を手に入れるためのコストですので、「資本コスト」と言います。DCF法においては一般的に「加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital)」を使用します。
WACCとは資金を1円調達するのにいくらのコストがかかっているかを示す割引率です。全てを書きすぎると長々と分かりにくくなってしまうため、こちらも別記事を設けます。このWACCを使用してFCFを現在価値に割り引きます。
3.2 残存価値(Terminal Value)を求める
皆さんは「30年後に企業が倒産する」等は考えずに、永続的に企業が存続するつもりで日々仕事に取り組んでいるかと思います。
この発想は企業価値評価の際も同様で、明確にいつ時点で解散すると決まっていない限り、永続的に存続するものとの仮定を置くことになります。
しかし、100年後・200年後までの計画は非現実的ですね。そこで実務上、5年~10年程度の事業計画を作成したうえで、その最終年度のFCFがずっと続くとして計算します。
なお、30年後に終了することが分かっているような事業の場合は30年間のみしか考えませんし、その時点での解散価値を算出することとなります。
フリーキャッシュフローが一定 (ゼロ成長)の場合
フリーキャッシュフローが定率成長の場合
※上記の計算式は毎年のFCFに関する割引計算の数式について、年数n→∞としたときに導くことができます。無限等比級数と言われている式です。
算出した継続価値を現在価値に割り引いた上で、企業価値に加算します。
計算事例
文章だけだと分かりにくい部分も多いので、簡単な事例を見てみましょう。
・1年目~3年目に毎年80円、4,5年目に毎年100円のFCF
・6年目以降は5年目のFCFと同様(毎年100円)
・利率5%
簡単な表にしてみると、毎年の流れは以下の通りです。

まずは残存価値を求めましょう。×6以降はFCF100円でゼロ成長(5年目と同様)ですから、継続価値は
FCF100÷5%=2,000
となります。


3.3 現在価値に割り引く
ここまでで各年度のFCFと、継続価値を求めてきました。DCF法に必要となる各年度のキャッシュフローの流れは全て算出したことになります。そこで、各年度のFCFを割引現在価値とすることで、事業の価値が算出されます。
先程の事例で見てみましょう。
・1年目~3年目に毎年80円、4,5年目に毎年100円のFCF
・6年目以降の継続価値は2,000円
・割引率5%
各年度毎のFCFに割引計算を行い、全ての価値を「現在」に合わせます。

6年目以降の継続価値は5年目に反映されているため、計算自体は5年分で大丈夫です。1~5年目までのFCFを、各々割引計算しましょう。
上記式の通り、事業価値は1,946円となりますね。このようにして、事業の価値は算出されます。
4.非事業用資産(遊休資産)の加算
最後に補足論点です。DCF法で算出した価値は実は「事業価値」と言われるものです。FCFは買収対象となる企業の事業から生じる価値ですね。特に使っていない非事業資産がない場合、この事業価値が「企業価値」となります。
一方、事業に用いていない非事業資産(遊休資産)があった場合、その売却によって手に入るキャッシュもまた企業の価値を構成します。そのため最後に遊休資産を加算することで「企業価値」となります。
なお、企業価値から有利子負債や非支配株主持分等を減額することで、株主にとっての価値である「株主資本価値」となります。


